イギリスのActive Travel England
コラム監修:自転車総合研究所 所長 古倉 宗治
去る9月8日、イギリス国内だけでなく世界中で敬愛されていたエリザベス女王が96歳で死去されました。女王の若き日の映像や国葬のニュースを目にされた方も多いかと思います。ニュースでは女王の功績とともに、ユーモアにあふれた人柄についても教えてくれます。そのことがよくわかるのが、在位70年を祝う「プラチナジュビリー」のコンサートで流れた女王とくまのパディントンが共演した短編動画です。みなさんはご覧になりましたか?とてもかわいいんですよ。パディントンが「マーマレードサンドイッチをいざという時のために持っているんです」と、帽子からサンドイッチを取り出すと、「私もですよ」と、女王がハンドバックからサンドイッチを取り出すんです(!)。不意打ちの行動をする女王がチャーミングでこの動画は何回も見てしまいました。
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私はもともとイギリス王室が好きでエリザベス女王関連の記事やニュースが出ているとつい見てしまうのですが(第7回に載せたウィリアム皇太子(当時は王子)来日時もわざわざ代官山まで行きました^^)、今回は今もまだ心のどこかでふと気になってしまうエリザベス女王が在位していたイギリスについて書こうと思います。
2022年 アクティブ・トラベル・イングランド設立
イギリス前首相ジョンソン氏(現在はトラス首相です)はロンドン市長時代から自転車を推奨していた人物です。彼はコロナ禍の2020年7月に自転車と徒歩を強力に推進するための国家ビジョン「Gear Change」を公表しました。
Gear Change表紙
この計画では、首相自ら序文を書くなど強いリーダーシップを発揮するとともに20億ポンド(日本円で3060億円)という膨大な予算を組み込むことが決定され、その予算を管理する団体として2022年アクティブ・トラベル・イングランドが設立されました。しかし、この団体はただ予算管理をするだけの行政機関ではなく、自転車と徒歩のインフラの水準を引き上げる等、様々な任務を負っています。
アクティブ・トラベル・イングランドのミッション
①終了したプロジェクトを調査し、規定通りに完了していなかったり定められた期日までに開始したり終了していないものについては、資金の返還を求めことができます。
②幹線道路管理局のアクティブトラベルに関するパフォーマンスを検査、レポートを発行し、幹線道路で自転車利用者や歩行者にとって特に危険な障害の特定をします。
ちなみに、「アクティブトラベル」とは“身体活動を伴う移動”のことです。自転車利用、徒歩、電動ではないキックボード等での移動を意味します。
③プロジェクトの承認や検査だけでなく、設計、実施、および公的関与における最も効率の良い方法を普及させるため、地方自治体の職員の研修を支援する予定です。大規模な新しい開発が歩行者や自転車利用者の通行に配慮した設計がなされるようにするための開発申請時の法定アドバイザーとなるようにするためです。
サイクリングとウォーキングの処方せん
自転車と徒歩のインフラ水準を引き上げることは単に利便性を高めるだけでなく、様々なことにポジティブな影響を与えます。アクティブ・トラベル・イングランドのコミッショナーを務めるクリス・ボードマン氏は次のように述べています。
「おそらく最も重要なことはNHS※1と私たちの脱炭素化というミッションの両方を支援しながら、より良い生活の場をつくるということです。」
イギリス政府は “サイクリングとウォーキングを地域のかかりつけ医が処方”する制度の構想を抱いています。身体的・精神的健康を改善するために、薬ではなく自転車や徒歩を推奨しようというのです。2022年1月の時点で、30以上の地方自治体が運輸省から220万ポンドの資金提供を受け、この構想の構築に関するフィジビリティスタディ※2を行っています。パイロット版として、2022年8月より健康格差が顕著な地域や身体活動のレベルが低い地域に重点的に開始されました。このように、人々が健康的な生活を送るよう支援することで医療の需要を減らし、NHSの負担を軽減することを目指しているのです。
※1 National Health Service、イギリスの国民医療制度のこと
※2 実現可能かどうか事前に調査すること
もちろん、脱炭素化も自転車や徒歩が支援できるということは言うまでもありません。イギリスはパリ協定※3の目標達成のため世界の中でも高い温室効果ガスの削減率を設定していて(図1)、環境への意識は高い国です。そこにアクティブ・トラベル・イングランドがミッションを実行すれば脱炭素化は加速していくでしょう。
※3 2020年以降の地球温暖化対策に関する国際的枠組みを定めた協定のこと。(SDGsジャーナルより)[2022年3月23日閲覧]
図1 各国の温室効果ガス削減目標
今後もアクティブ・トラベル・イングランドは自転車と徒歩の可能性をアップグレードしていくと思われます。オランダやデンマークのような自転車大国になるのか?新首相に代わり、アクティブ・トラベル・イングランドや、そもそもの自転車の戦略がどうなっていくのか、気になるところですね。
出典
・Gear Change, Department for Transport, Published 27 July 2020
・Framework document: Active Travel England, Active Travel England, July 2022
・古倉宗治『連載 欧米自転車先進諸国の自転車政策について(その228~230)イギリスの自転車政策(その6~8)』,自転車・バイク・自動車駐車場パーキングブレス, 2021年4月号~6月号,サイカパーキング株式会社
・”Olympic gold medallist and cyclist Chris Boardman to lead government’s new active travel body”, gov.uk, Published 22 January 2022
https://www.gov.uk/government/news/olympic-gold-medallist-and-cyclist-chris-boardman-to-lead-governments-new-active-travel-body
・”Walking, wheeling and cycling to be offered on prescription in nationwide trial”, gov.uk, Published 22 August 2022
https://www.gov.uk/government/news/walking-wheeling-and-cycling-to-be-offered-on-prescription-in-nationwide-trial